苦難は、なぜ訪れるのでしょうか。
私は、苦難には大切な役割があると思っています。
それは、負の連鎖を断ち切ることです。
人の心は、放っておくと次のような流れを繰り返します。
不自然な心
↓
攻め心
↓
苦難
↓
さらに不自然な心
↓
さらに攻め心
↓
さらに苦難
↓
さらに不自然な心
↓
さらに攻め心
↓
さらに苦難…
これが負の連鎖です。
苦難が起きても、
「相手が悪い。」
「運が悪かった。」
「自分は悪くない。」
そう考えてしまえば、不自然な心はさらに大きくなります。
すると、攻め心も強くなり、また新たな苦難を招いてしまいます。
人は、この連鎖の中にいる限り、自分ではなかなか抜け出すことができません。
例えば、車を運転しているとします。
自分は急いでいます。
すると、前の車がゆっくり走っています。
その瞬間、
「早く走れよ。」
という攻め心が生まれます。
イライラして車間距離を詰める。
無理に追い越そうとする。
そして事故が起きる。
事故が起きた瞬間、多くの人は、
「前の車が遅かったからだ。」
と思うかもしれません。
しかし、その考え方では、また同じことを繰り返してしまいます。
事故は、なかったことにはできません。
攻め心を持ったことも、取り消すことはできません。
過去は変えられません。
しかし、その事故と向き合うことはできます。
相手に謝ることもできます。
責任を果たすこともできます。
起きてしまった現実を受け止めることもできます。
そして、その出来事と向き合う中で初めて、
「なぜ、あんなに急いでいたのだろう。」
「なぜ、あんなに攻める心になってしまったのだろう。」
と、自分の心を見つめ直すことができます。
私は、この負の連鎖を止めることができるのは、苦難しかないと思っています。
順調なとき、人はなかなか立ち止まりません。
自分の心を見つめ直すこともしません。
だから、負の連鎖は続いてしまいます。
しかし、苦難は私たちを立ち止まらせます。
逃げることのできない現実と向き合い、自分の心と向き合う機会を与えてくれます。
苦難は、過去を変えるためにあるのではありません。
未来を変えるためにあります。
苦難は、不自然な心を教えてくれます。
苦難は、攻め心に気づかせてくれます。
苦難は、負の連鎖を断ち切る唯一の機会です。
だから苦難があることは、良いことなのです。
